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冬の花火
〜第九章〜
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いつもの朝・・・

空の青と新雪の純白に満ちた世界・・・

清々しい空気を胸いっぱいに吸い込んで私は今日もあの場所へ
行く。

冬弥:「おはよう冬子ちゃん。」

いつものやわらかい笑顔で冬弥が私を迎えてくれる。

「冬弥って待ち合わせに遅れたことないよねぇ。」

冬弥:「あはは・・・そんな大したことじゃないじゃない。」

冬弥:「それに・・・」

「それに?」

冬弥:「冬子ちゃんとの毎朝の散歩が楽しみだからね。
自然と早く目が覚めるんだよ。」

照れくさそうに笑う。

「わ、私だって楽しみにしてるんだから。
ただ、その・・・ちょっと朝が弱いだけで・・・。」

何度か遅刻したことの言い訳を並べ立てる。

冬弥:「あはは・・・別に気にしてないよ冬子ちゃん。」

私の好きなやわらかな笑顔。

「本当だよ・・・楽しみにしてるんだから。
でも・・・その遅刻は、ごめんね。」

今度は、私が照れくさそうに笑って言った。

冬弥は、私の大好きな笑顔を湛えたまま『うん。』と優しく言
ってくれた。

私は、それで幸せな気持ちになった。

さくっ、さくっ・・・
さくっ、さくっ・・・

未だ静寂に包まれている町を冬弥と並んで歩く。

少し手を伸ばせば、冬弥の手に触れられそうなほどの距離。

勇気をちょっとだけ出して手を繋いでみようかな。

そっと・・・自然に・・・

でも、いざそれを実行に移すときになって『ちょっとの勇気』
じゃ私には足りないことに気付く。

私は、フルフルと頭を軽く振って深呼吸する。

そして、今度はありったけの勇気を出して手を伸ばした。

でも、その手は冬弥に触れることなくすり抜けた。

「あ、あれ?」

私は、もう一度手を伸ばした。

すぅっ・・・

今度も私の手は冬弥のそれに触れることなくすり抜けた。

どういうこと?

しばらく、考え込んでると冬弥どんどん先へ歩いていく。

「待ってよ、冬弥。」

聞こえていないのだろうか、冬弥は歩みを止めない。

「ちょっと、冬弥。」

私は、そう言って冬弥のもとへ駆け出した。

でも、どれだけ走っても冬弥に追いつくことができない。

「待って!待ってよぅ冬弥ぁ!」

私は、尚も必死に走る。

距離は縮まるどころか開く一方で・・・

私は、溜まらず泣き出した。

「うぅ・・・冬弥ぁ・・・」

「!!」

「・・・・・・夢か。」

私は、それが夢だったことを知り安堵した。

「あ・・・」

頬を伝う雫に気付く。

「本当に泣いてたんだ・・・」

嫌な夢を見た・・・

でも、どこからが夢だったんだろう?

多分、病院へ行ったのは現実で・・・

きっと、冬弥が入院してるってのも夢だったのだろう。

そんなわけがあるはずがない。
きっと熱のせいで悪い夢を見たんだ。

ふわっ

そっと誰かの手が触れて、私の涙を拭う。

冬弥:「怖い夢でも見た?」

声のする方向に首を傾けると、そこに冬弥がいた。

ああ・・・冬弥が入院しているのは、夢じゃなかった。

ビーーー

看護婦:「はい、どうしました?」

冬弥:「藤宮 冬子さんが目覚めました。」

看護婦:「わかりました。すぐに行きますね。」

「ここ・・・病院?」

改めて見ると、ここは私の部屋ではなかった。

冬弥:「うん・・・そうだよ。」

「冬弥・・・どうしたの?」

冬弥:「えっ?」

「だって、目がすごく赤いよ。」

まるで泣きはらしたように冬弥の目は赤かった。

冬弥:「あぁ・・・こ、これは、気にしないで。」

そんなことを言われて気にしないわけがない。
いったいどうしたんだろう。

コンコン

その時、不意にドアをノックする音が聞こえた。

冬弥:「はい。」

がちゃ・・・

ドアを開けて看護婦と医者が入ってきた。

それと入れ替わり、冬弥が部屋を出て行く。

「冬弥?」

冬弥:「診察だから、出てるね。」

それから医者の診察が始まった。

医者の話によると、脈拍も安定してるし顔色も悪くないので大
丈夫とのことだった。

ただ、今日は念のため一日入院することになった。

私が3時間ほど眠っていた間に母がきて、医者との相談の結果
そう決まったらしい。

それから、母が来て着替えやら(まぁ、今日の分だけだけど)
なんかを持ってきた。

母親:「来てみたら特別病棟に入れられてるんだもんビックリ
したわよ。」

どうやら一般病棟に空きがなかったため、私は特別病棟の病室
に入れられたらしい。

母は、大したことがなかったと安心しているのか、特に何をす
るでなく30分程で帰っていった。

コンコン

看護婦:「入りますね。」

「は、はい、どうぞ。」

なんか慣れていないのでどもってしまった。

がちゃ・・・

入ってきたのは、たしか川澄という名の看護婦だった。

川澄:「どう?具合は。」

「あ、はい、だいぶいいです。」

川澄:「ほらぁ、何やってるの?」

冬弥:「大丈夫?」

川澄さんの後ろからひょっこりと心配そうな顔を出して冬弥が
現れた。

「うん、大丈夫だよ。
ちょっとお腹がすいてるけどね。」

考えてみれば、朝に少量のお粥食べたきりだった。
そりゃあ、お腹もすくわね。

川澄:「あと少しで夕食だから、もう少しだけ我慢してね。
まぁ、食欲があるんだったら本当に大丈夫ね。」

川澄:「よかったわね冬弥くん。」

川澄:「冬子ちゃんが倒れた時なんて大騒ぎでボロボロ泣いち
ゃったもんねぇ。」

あぁ、それで目が赤かったのか。

私のために、泣いてくれたんだ。

そう思ったら胸がキュンと締め付けられる感じがした。

冬弥:「もう川澄さん、言わないって約束したじゃない。」

川澄さんは、笑いながら『ごめんねぇ。』と冬弥に謝った。

しばらくすると夕食が運ばれてきた。

入院するのは初めてのことなので、なんだか新鮮だった。

夕食は、冬弥と二人で食べた。

本当は、病室が違うので駄目なんだけど『今日一日のことだか
ら目を瞑るわ。』と、川澄さんが言ってくれた。

無機質な食器に入れられた夕食も冬弥と食べてるというだけで
不思議といつもの食事より美味しく感じられた。

なんだか友達の家にお泊りをしてる気分になって、すごく楽し
かった。

「冬弥・・・。」

冬弥:「なに?」

「あの日、冬弥の誕生日・・・ごめんね。」

夕食を摂り終え、落ち着いた私は切り出した。

あの日、冬弥を傷つけてしまったかもしれない。
そのことをきちんと謝りたかった。

「私、遅刻しちゃって・・・」

冬弥:「そっか・・・やっぱり来てくれたんだ。」

冬弥:「いいよ、僕も行けなかったんだから。
僕の方こそごめんね。」

冬弥:「ずっと・・・気になってたんだ。
どれくらい待ってたの?」

「あ・・・えっと・・・2時間くらいかな。」

冬弥:「そ、そんなに待ってたの?」

冬弥:「だ、駄目じゃないかぁ。体でも壊したら・・・」

そこまで言って、冬弥は言葉を区切って私を見た。

私は、叱られてる子供のように少し目線を逸らす。

冬弥:「だから・・・ここにいるんだね。」

「ま、まぁ・・・」

冬弥:「冬子ちゃん・・・もっと体大事にしないと。
風邪をこじらせて死ぬことだってあるんだから。」

怒っている・・・わけではないようだ。
でも、今までにない程のすごく真摯な目で冬弥は言った。

「ごめんなさい。
でも、冬弥が来るんじゃないかって・・・そう思ったら、あと
10分、あと5分待ってみようって。」

「それで、なかなか帰れなくて。」

冬弥:「うん。そう思ってくれるのは本当に嬉しいよ。
でも、それで冬子ちゃんが今日みたいに倒れたら、僕は悲しい
よとても。」

少し冬弥の目が潤んで見えるのは私の気のせいだろうか。

冬弥:「でも、僕の責任だね。」

「そんな・・・別に冬弥の責任じゃ・・・」

それからしばらくの沈黙が続いた。

多分、お互いに次の言葉を模索しているんだろう。

でも、私の心の中では『いつ、冬弥に聞こう・・・』。
そう思う気持ちが確かにあった。

私の中で次の言葉は決まっていたのだ。

「ねぇ、冬弥は・・・その・・・」

どうにも切り出しにくかった。
それは、聞くのが怖いからなのかもしれない。

開けてはいけない扉を開こうとしている。

そんな感覚に襲われる。

だけど、私はそっと力を込めて扉を開く。

冬弥:「どうして、入院してるのか?」

言いあぐねてる私に、冬弥が優しく微笑んで言った。

「あ、あの日、冬弥の誕生日に何かあったの?
その・・・事故とか。」

「それで入院を?」

きっと、冬弥も私と同じように一般病棟に空きがない為にこの
特別病棟に入院する羽目になったのだろう。
私は、そう考えた。

いや、考えるように努めた。

冬弥は、『違うよ。』と優しく言った。

冬弥:「僕は、小さい頃から心臓が悪くてね。」

「心臓が?」

冬弥:「・・・・・・そう。」

「大丈夫なの?」

冬弥:「ま、いつものことだから・・・。」

その時、『いつものことだから』という言葉を聞いて私は勝手
に大したことがないんだと思った。

普通に考えれば、心臓に疾患があって倒れるということが楽観
できる状態でないことは判りそうなものだ。

だけど、この時の私は何事もないかのようにそのことを言って
のけた冬弥を見て馬鹿みたいに安心した。

そして冬弥は少し考え込んでから何かを決心したかのように小
さな声で『うん』と言った。

真摯な眼差しが私に向けられた。

いつもの優しくて儚げな冬弥はそこにいない。

柔らかな笑顔はそこにはない・・・

そこには、純然たる決意。揺ぎ無い覚悟。
そういったものを身に纏った一人の男の子がいた。

冬弥:「僕は・・・・・・」

冬弥:「僕は、このもう少し先にある・・・ホスピスに入って
るんだ。」

「あ、そうなんだ。」

「早く退院できるといいね。」

冬弥:「・・・・・・・・・・・・。」

「どうしたの?」

冬弥:「うん、そうだね早く退院できるといいね。」

冬弥は、一瞬呆気にとられた顔をしたけど、すぐいつもの笑顔
でそう言った。

後になってなんて馬鹿なことを言ったんだろうと死ぬほど後悔
した。

この時の私は、ホスピスがなんなのかを全く理解していなかっ
たのだ。

翌朝、私は冬弥に『また明日お見舞いにくるね。』と言って、
退院した。

私は、どこまでも馬鹿だった。


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