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冬の花火
〜第十章〜
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ちちち・・・ ちち・・
小鳥の囀る声が聞こえる・・・
「朝か・・・」
虚ろな意識が少しだけ現実を感じる。
結局、一睡もできなかった。
鏡を覗いてみる。
瞼は腫上がり、目は真っ赤に充血している。
目の下には微かなクマができていた。
「・・・酷い顔。」
そんな自分の顔を見て、こぼれたのは苦笑ではなく涙だった。
あれだけ泣いたのに・・・。
まだ、流せる涙が残っていたのだと感心してしまう。
一晩中泣き明かしても枯れることのない涙と、晴れることない
悲しみ。そんな私とは正反対に柊坂は今日も白銀と青に彩られ
ていた。
未だ街は静寂に包まれている。
昨日の夕飯の後、私は母とリビングでくつろいでいた。
普段は、夕飯を食べるとさっさと自分の部屋に戻るんだけど、
この日は、それをしなかった。
特別な理由はなかった。
ただ、なんとなく部屋に戻る気になれなかったのだ。
一日とは言え、入院という体験をしたせいで感傷的というか、
人恋しくなっていたのかもしれない。
「ねぇ、お母さん。」
母親:「なに?」
母は、バラエティ番組を見ながら返事をした。
番組の内容は、司会者の出題に若手芸人が体を張って答えてい
くといったありふれたものだ。
毎度のことながら売れる為とは言え、ここまでするか・・・と
思うようなことを平然とブラウン管の中でやってのけている。
母親:「で、何?」
私が一向に話を切り出さないものだから母が催促してきた。
「あー・・・うん・・・」
母親:「どうしたの?話し辛いこと?」
「全然、そんなんじゃないよ。
ただ、ちょっと聞きたいことがあって。」
母親:「良かった。小遣いあげろとか言ってきたら張っ倒すと
こだったわ。」
この母親は・・・
仮にも退院してきたばかりの娘を張っ倒す?
母親:「ま、母さんに分かることだったらね良いんだけどね。
言ってみなさい。」
「ホスピスって何?」
母親:「また、意外な質問ね。
なんでそんなこと知りたいの?」
母は、一瞬キョトンとした顔をした後にそう言った。
そんなに変な質問をしたんだろうか?
「特に理由は無いんだけど、病院でそういう言葉を耳にしたか
ら何だろうって・・・ね。」
冬弥のことは伏せていた方が良いだろう。
妙な詮索をされても嫌だしね。
母親:「ま、いいか。
教えてあげるからちゃんと聞きなさい。」
母親は、そう言うとテレビから目を離して私に向き直って少し
真面目な顔になった。
母親:「ホスピスって言うのはね、重い病気なんかで後わずか
しか生きることができない人たちが入るところよ。」
えっ?
母親:「延命を目的とした治療ではなく、残りの時間を安らか
に過ごせるよう精神的なケアや治療を目的とした施設のことを
言うの。」
母親の言ってることが理解できなかった。
頭が真っ白だった。
死ぬの?
冬弥が・・・
嘘。
信じられない。
信じられるはずがない。
冬弥が死ぬなんて。
私は困惑した頭のまま自室に戻った・・・らしい。
『らしい』と言うのは、気付いたら部屋にいたからそうなのだ
ろうということだ。
どうやって、いつ、自分の部屋に戻ったのか私は覚えていなか
った。
『僕は、このもう少し先にあるホスピスに入ってるんだ。』
冬弥は、あの言葉をいったいどんな気持ちで私に告げたのだろ
う。
冬弥があんな性質の悪い冗談を言わないことを知っている。
だから、きっと真実なのだろう。
『早く退院できるといいね。』
私は、なんて馬鹿なことを言ったんだろう。
冬弥が退院する時。
それは、冬弥の死を意味している。
冬弥が元気になって退院できることはないのだから。
全てを私の頭が理解したとき、つぅ・・・と一筋の涙が頬を伝
って落ちた。
それが開始の合図であるかのように涙がとめどなく溢れた。
冬弥の想いに、自分の馬鹿さ加減に、そしてあまりにも悲しい
現実に私は涙した。
もう一度鏡を見る。
頭をフルフルと振り、大きく深呼吸をする。
冬弥に会いに行こう。
冬弥に残された時間が僅かだと言うのなら、1分でも1秒でも
長く一緒にいよう。
それが一晩中泣いて、そして考えて出した結論だった。
冬弥のためだとか、そんな奇麗事を言うつもりはない。
ただ、私は大好きな冬弥と一緒にいたい。
それだけだった。
;******
私は受け付けで面会者名簿への記入を済ませ、冬弥の病室へと
向かった。
昨日は、それほどに感じなかった特別病棟への白い扉がやけに
重々しく感じられる。
私は、腕に力を込めて扉を開く。
しばらく歩くとホスピスに続く廊下に出た。
ここに冬弥がいるのだと思うと、また涙が込み上げてきて溢れ
出そうになる。
私は、それをぐっと堪えて冬弥の病室へと歩を進めた。
『藤宮 冬弥』。
そう書かれた病室の前に私は立っている。
ここが冬弥の病室。
頭をフルフルと振り、大きく深呼吸を一つ。
コンコン・・・
少し控えめのノックが静かな病棟に響く。
しばらくして『はい、どうぞ。』と優しい声が聞こえてきた。
私は静かにドアを開け、冬弥を見て『おはよう。』と、元気に
言った。
そのつもりだった・・・
でも、それは声にならず代わりに私の頬を涙がつたい落ちた。
冬弥:「おはよう冬子ちゃん。」
冬弥が私の大好きな笑顔で言った。
冬弥は、強いな。
「おはよう、冬弥。」
私は涙を浮かべた顔のまま笑顔で応えた。
冬弥:「泣かないでよ冬子ちゃん。」
冬弥:「冬子ちゃんが泣いてると僕まで悲しくなるよ。」
私は、うん、うんと頷くだけで、涙の方は一向にとまってくれ
なかった。
冬弥は、私が泣き止むまでずっと優しく頭を撫でていてくれた
冬弥:「落ち着いた?」
10分。いや、20分ほどの時間が経った頃、優しく冬弥が聞
いてきた。
私は、未だ完全に止めることのできない嗚咽をどうにか堪えて
泣いたままの顔で笑った。
本当に泣きたいのは冬弥のはずで、なのに私がこんな姿を晒し
てしまって・・・
少しでも気を抜くと漏れてしまう嗚咽を必死に押さえ込む。
冬弥:「出会って間もない頃、冬子ちゃん僕に訊いたよね。
『冬弥って箱入り息子?』って。」
冬弥が静かに言った。
「・・・うん。」
あまりにも色々なものに興味津々で世間知らずな冬弥を見て、
そう言ったのを思い出す。
冬弥:「その時、僕は冬子ちゃんに『箱入りと言えば箱入りか
もしれない』って言ったの覚えてる?」
「うん。覚えてるよ。」
そう、確かに冬弥はそう答えた。
だから私はてっきりお坊ちゃんだと思ってた。
冬弥:「ここが僕の入ってる『箱』だよ。
『病院』っていう名のね。」
何も言うことができなかった。
悲しすぎて。
それからしばらくの沈黙。
そして再び冬弥が口を開いた。
冬弥:「冬子ちゃん・・・」
「な、なあに冬弥・・・」
冬弥:「約2週間・・・」
「えっ?」
冬弥:「僕に残されているだろう時間・・・」
冬弥:「強いお薬で無理に動かしていた心臓も、もう疲れちゃ
ったみたい。」
その言葉は、一瞬で私の心臓を凍りつかせた。
泣き叫んでしまいたいほどの辛く悲しい告白だった。
でも冬弥は、その言葉をとても穏やかな表情で私に告げる。
私は込み上げてくるのもを必死に押さえ込んで、真っ直ぐ冬弥
の瞳を見つめた。
「ずっと・・・一緒にいるよ。」
私は力いっぱい拳を握り締める。
下腹に力を込める。
そして・・・ありったけの想いを言葉にのせる。
「最期まで、ずっと。」
冬弥:「ありがとう。」
とても穏やかな笑顔で冬弥が言った。
;****
その日から私は毎日病院へ足を運んだ。
面会時間が始まってから終わるまで、ずっと冬弥といる。
それが、私の日課となっていた。
特に何をするでもなかった。
ただ普通に学校のことや友達のことを話したり、散歩してた頃
に一緒に食べたパンを買ってきて二人で食べたり。
日に日に弱っていく冬弥を見てることが辛かったけど、私は笑
って冬弥と接した。
冬弥も私に笑いかけてくれた。
コンコン・・・
その日。
いつもの時間、いつものように私は冬弥の病室をノックした。
いつもなら『どうぞ』と冬弥の優しい声が聞こえてくるのに、
その日は何も応答がなかった。
私は、もう一度ノックした。
しかし、今度も返事はなかった。
私は心配になって、慌ててドアを開けた。
がちゃっ・・・
「冬弥!!」
「・・・・・・・・・・・・あっ。」
「な、なんだ・・・起きてたんだ。」
そこには、ボォッと窓の外を見つめている冬弥がいた。
「起きてるんなら返事してくれないと・・・びっくりしちゃう
じゃない。」
冬弥:「死んでると思った?」
抑揚のない声で冬弥がボソッと言った。
冬弥を目の前にしているこの状態で聞いてですら本当に冬弥の
声かと疑うほどに、その声には生気が感じられなかった。
「どうしたの?」
冬弥:「別に・・・」
窓の外を見つめたまま、やはり抑揚のない声で冬弥が言った。
しばらく沈黙が続いた。
私は、何をどうすればいいのか解らなくなっていた。
だって、こんな冬弥を見るのが初めてだったから。
冬弥:「小さい頃から・・・」
冬弥が静かに語りだした。
冬弥:「小さい頃からね心臓が悪かったんだ。」
私は、何も言わずにそれに耳を傾けた。
いや、言うことができなかった。
冬弥:「もう、何度も大きな手術をしたよ。」
冬弥:「手術ってね嫌なものだよ。
痛くて、怖くて、苦しくて・・・。」
冬弥:「でも、生きるためにって我慢してきたよ。ずっと。
我慢すれば生きられると信じてた。」
冬弥がシーツをぎゅっと握り締める。
初めて見る冬弥の沈痛な表情。
冬弥:「でも、でもね・・・駄目だったんだ。
僕のこの体は治ってくれ・・・ないんだ。
あんなに辛い思いを重ねてきたのに神様は生きることを僕に
許して・・・くれないんだ。」
冬弥の声が震えている。
冬弥:「どうして・・・どうして・・・」
冬弥:「死にたくない・・・」
冬弥:「死にたくないよぅ・・・うぅ・・・」
私は堪らず冬弥を抱きしめた。
それが、何を言ってあげればいいのか解らない私にできる唯一
のことだったから。
冬弥:「うぅ・・・死にたくないよ・・・冬子ちゃぁん。」
冬弥が泣いている。
いつも優しい笑顔を向けてくれていた冬弥が。
私は、やっぱり馬鹿だった。
死を受け入れていると。
冬弥は強い人間だと。
私は決め付けていた。
冬弥の笑顔の向こうにある死への恐怖。絶望。悲しみ。
それを解ってあげられていなかった。
辛くないはずなんてない。
怖くないはずなんてない。
冬弥を想うと私の瞳からも自然と涙が零れ落ちた。
私たちは抱き合って泣いた。
その日の夜、冬弥は昏睡状態に陥った。
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